石巻にボランティアに行ってきた

自転車乗りによる被災地支援活動、LSD Action for Higashi Nihonのお手伝いとして石巻に自転車修理と炊き出しのボランティアに行ってきた。きっかけは練習仲間で今回のプロジェクトオーナーのkajikuniさんが声をかけてくれたことで、行く前に必要備品などの情報整理からお手伝いさせてもらった。寄付などの間接的な支援でない、現地に行く支援は個人的には初めての体験。

出来ることとその準備

今回は自転車乗りのできること・・・をメインに考えたということでまずは自転車のパンク修理とシーラントを使ったパンク予防。それに追加してナルシマとスペシャからメカニックが参加したので、手持ち部材でできる簡単な修理というのをメニューに。タイヤ、チューブ、シーラントなど基本的な部材はメーカー担当者や問屋さんなどから各担当の方経由ですでに準備されていたが、それ以外の工具類や被災地のボランティア独特のもの=どんなサービスをやっているか知らせる看板、身の証となるゼッケンなど、それ以外の細々としたものをリストアップしてみんなで共有。kajikuniさんが今回のアクションの受け入れ団体になってくれたピースボートの現地担当者から聞いてくるものと、前の週に現地入りしていたkeyさんから直接聞いたものを参考に準備。

なにせボランティアでの支援は初めてなので慎重になるが、何もかも持って行けるわけではないのでそのへんは経験者の話を参考に最終的には自分で判断。とにかく最低限必要なのは現地で何も手に入らなくても活動できるようにすることで、各自食糧、水、服装などは予備含めてしっかり準備。それでも長靴を持っていかなくて(持ってなかった)、それを頼み忘れたのは後で後悔。

まずは移動

東京近辺組はなるしま神宮店に22時集合で、それ以外の参加者も今回移動手段その他をご提供頂くロヂャース(RCC)の太田さんと大宮で合流。太田さんは震災直後からすでに何度も現地入りして現場の人のニーズを直接聞き、必要だといわれたものをどんどん送り込んでいる。そこからはハイエースと2tトラックに乗り換えて合計15名で0時過ぎに移動開始。東北道をひたすら北上。道路は物資搬送のトラックが切れることなく走っている。福島県に入ると地震の影響で高速道路の所々に段差がある。すでに修復されてはいるけど車が大きくバウンド。津波だけでない地震の爪痕を感じる。数時間走って仙台を超え、菅生PAで時間調整のため小休止。朝7時ぐらいに石巻に到着。それにしてもロヂャース(RCC)提供の2tトラックの積載力は乗用車とは当たり前だけど比較にならない。現地に置いてくる自転車も含めてすごい量の支援物資が積んであった。おかげで工具も含めて15人が持ち寄った資材もまとめて持ち込めた。自転車整備もしたことがあるラテさんは小型発電機とコンプレッサー(私物!)まで持ち込んできていたのでこれには大助かり。

現地で

まずボランティアの人・物資の集積場所になっている石巻専修大学で受け入れ団体になってくれているピースボートの担当者に情報をもらう。当日のサービスの提供場所は2か所で、その場所と連絡先と地図をもらってから現場に移動開始。一か所は避難所になっている湊小学校で、もう一か所は別の医療ボランティア団体が開設している診療所。とりあえず両方の場所を確認するが診療所の方はしっかりとした場所がわかっているわけではなくて、現地の担当者に電話して場所を確認するところから始めないといけない。携帯で連絡を取りつつ場所を確認して出向く。ここで竹谷さん経由で現地合流の自転車乗り5名の方が合流。今回のアクションを竹谷さん経由で知り、それなら混ぜてくれと乗りこんで来てくれた。

ひとまず場所と状況がなんとなくわかったので作戦を立てる。他の参加者と違い単なる自転車乗りで他にできることがないが声だけはでかいのでそのあたりの取りまとめや現地の人との連絡をまかされたので参加のみなさんと相談しつつとりあえずまずは場所が決まっている湊小で修理場所を設置するところから開始。最初に現地の担当者に許可をもらに行く。湊小を仕切られているのは神戸からやってきたボランティアの金田さん。肝っ玉母さんという感じの元気のいいおばちゃん(失礼!)で、歯切れよく情報をくれるので助かった。何かの手違いで我々のサービスの連絡は来ていなかったみたいだが、出来ることを説明すると了解してくれて場所と、まず先に湊小の被災者で共用しているレンタル自転車30台くらいにまずはパンク防止をしてほしい旨。太田さん提供の物資がありそれの提供も合わせて考えたが、他のすでに決まっている物資搬入の様子を見てからということで後回し。全員がゼッケンをつけて資材を下し、それが終わってから別途班を作ってもう一か所に移動してそこの様子を調べることにして作業開始。

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ひとまず修理基地の設営が済んでから別働隊を4人で組織して電話で確認したもう一か所の設営場所に向かう。石垣市内の被災地は道路の瓦礫の撤去は8割がた終わっているが、それ以外はまだそのまま。所々建物が残る中で道の両側には山のような瓦礫があり、流されてきた元は家だったものと思われるありとあらゆるものに加えて車や漁船がいろいろな形で転がっている。TVでいくら見たことがあるとはいえ実際に目にすると想像を超える状況で正直あまり現実感がない。茫然としても仕方がないので驚きは頭の片隅に追いやってとりあえず目の前のことに集中。

ちょっと道に迷いつつもう一か所の仮設診療所に到着。診療所のボランティアの方とお話しし、できることを伝えると、使用していないプレハブの1F部分の一部を貸していただけることに。雨なので大変ありがたい。ブルーシートを敷いて汚れに備えて、機材を下す。隣のミニストップに自衛隊の給水車が来ていて、それ以外にも配給が予定されているということで人がたくさん並んでいる。診療所は湊小と違い避難所ではないので自転車が置いてあったりはしない。現地のボランティアとも相談して、給水、配給場所に出向いて自転車の修理ができる旨呼びかけるようにした。準備していると早速1台依頼あり。車生活が基本の場所だが被災したあとは車がつかえなくなってしまい、メインの移動手段は自転車になっているとのこと。そして予想していた通り泥や瓦礫が多いためにパンクも多い。神戸の経験者もいたがやはり自転車が移動では大きな役割を果たしたし不足していたとのこと。ここは前述のとおり避難所ではなかったので少人数だったがRCC太田さん、BA鈴木さんに某主任という精鋭部隊だったのでまったく問題なかったみたい。

この診療所以外でも自転車があって我々のサービスが役立ちそうな場所はないかと現地で聞いてみると、他にも避難所となっている学校を教えてもらう。湊小に戻るとレンタル用自転車のシーラント入れはほぼ終わっていたので部隊をもう1つ分けることにした、竹谷さん、ラテさんを中心にあと3名についてもらい、他の避難所になっている学校に向かってもらう。行った先には70台も自転車があり、どんぴしゃ。すべてにシーラントを注入してパンク予防したとのこと。

湊小ではコーヒー部隊が別途許可をもらってブースを設営し、避難所の昼食に合わせて入れたてネルドリップコーヒーを提供。お昼時はぼちぼちと、でも午後になるにつれ続々と利用者が現れどんどんコーヒーを淹れて配っていた。kajikuniさんがサンパウロコーヒーまで出向いて習得した淹れ方に興味津々の子供たちが集まったりして和やかな雰囲気。アツいコーヒーでほっとしてもらう目的もどんぴしゃり。

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それにしてもプロの技というのはスゴイ。湊小で修理の陣頭指揮を取ったのはナルシマの鳴嶋 勇社長。自転車はもちろんのこと、持ち込まれるものなら何でも直す。自転車用の部材を流用してパンクしていたリヤカーも直す。ついでに持ち込んだ工具を現地の元自転車屋というおじいさんに提供し、今の自転車の修理の仕方をレクチャー。特に得意技もない僕は手が空いたら目の前の泥と土の山を書き出す他のボランティアのお手伝いをしたり、時々かかってくる電話や他のボランティアから(なぜか)いろいろ聞かれるのでそれを現地の担当者につないだりといったことをしつつ。

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気が付くと日暮れ時。だんだん人も車も減ってきてお仕事もなくなってきたので撤収。kajikuniさんが私物で持ち込んだテントを現地の担当者の希望で男前に提供。なぜかみんなで寄せ書き。こんなことしてると物見遊山気分で行くなとか言われそうだけど、現地の人たちからも「あんたらは楽しそうでいいね!」と言われたくらい、活動をしている僕ら自身がとても楽しんで作業したし、サービスを使ってもらった人にも喜んでもらったのでよかったと思う。大変な状況なのは誰が言わなくてもわかってるので、そんな中でもなんにでも楽しさを見出してやるってのが僕ら流。今回のボランティアで初めてご一緒した人も多かったけど、なぜかそう感じたし実際そう活動した気がする。

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湊小から撤収した後は再度石巻専修大学のボランティア集積地へ。ボランティアが利用する根子車用のホイールを修理交換のために下し、別のボランティアからお願いされていた自転車のパンクを修理。そしてロヂャース太田さんが持ってきた支援物資を集積倉庫に卸して最後のお仕事終了。すっかり暗くなって空気が冷たくなってくる中石巻を後にした。

今回行ってみたことで新たにわかったこともたくさんあったので、今後につなげていきたいと思う。プロジェクトに誘ってくれてこういう機会を与えてくれたkajikuniさんにまずは感謝。支援にはいろいろな形があって、何一つ無駄なことはないと思う。そういう意味では実際に現地に行って支援するということを経験できたことはとても大きいと思うので、今後も自分にできる、LSDという名前だけあって息の長い活動を、なるたけやっていきたい。

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3 Responses to 石巻にボランティアに行ってきた

  1. ちりぺ says:

    明るく元気に皆さんに笑顔を与えてこられたことに感銘。素晴らしい行動でしたね。敬意を評します。

  2. あっち~ says:

    ご苦労様!!

    本当にそうだよね!
    私の従姉や友人が仙台で被災。
    こちらでのチャリティーイベントの写真など送る度に、
    「みんなの笑顔に勇気付けられる!」って言って喜んでくれてる。
    シュンとなってたら、みんなもシュンとなっちゃうじゃない?
    だったら、笑いを、楽しさを伝染させよぉ~!

  3. 本田 亙 says:

    はじめましてデザイン都市神戸推進会議(神戸市)本田と申します。
    できますゼッケン使って頂きありがとうございます。
    このページに掲載されているできますゼッケンを着けている写真について
    お願いしたいことがあるのですが。

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