ツール・ド・おきなわ 2010(すみませんまた長文)

結果:市民 140 km 51位でトップから 18 分弱の遅れ

初めて日本のロードレースの最高峰と言われる大会に参加。這う這うの体で完走して今はまだほぼ抜け殻。当日夜に参加した打ち上げでもいろんな人に「初おきなわどうでした?」と感想を聞かれたのだけど、「おきなわスゲーっす」としか言えなかったような。少し時間が経ったので何がどうすごかったのか(逆に言うと自分のどこがすごくなかったのか?)を書いておこうと思う。

で、最初から結論だけ言っておくと、来年も必ず出ます!もう出ないわけには行かないと思う。あのコースをもう 1 度走らないことにはどうにもこうにも収まりまへん。

今回参加の 140 kmは今の僕からすると圧倒的に距離が長いレース。JCRC のレースはアート杯が最長でも 102 kmくらいしかなく、それ以外のレースはせいぜい 7 ~ 80km。アート杯でも最後脚が限界だったように身体の距離に対する適応ができてない。実際問題ちょっとロングの練習になるとやはり後半激ダレ。そんな不安というか現状を認識しつつも、でもまずは挑戦ということで参加。

以下スタートからうろ覚えな時系列で。なんせ沖縄は普久川の登り2回まで以外は同じところには戻ってこないほんとのロードレースなので、初めての僕は自分がどこ走ってるのか完全に五里霧中。スタートまでもその後も同じ 140km に出走している masahif と jmz に金魚のフンみたいにくっついてた感じ。実際完走順位もその通りだったし。

<レース>

140km のスタートは宿泊先の JAL プライベートリゾートオクマの目と鼻の先、国頭村のみちの駅。朝は 0645 とかに順次集合、出走手続きみたいな予定になっているのだけど、実際はもっとゆったり目。スタート自体はチャンピオンレースが国頭を通過した後、さらにジュニア国際スタートの後で 0915 予定(実際には今年は 0908 スタート)なので整列したのも 0800 くらいだった?オクマに宿泊してると集合した後でも宿に戻ったりいろいろする時間は十分あった。なので近くの道を使ってじんわり走りこんでアップも十分。ちなみに今回は出走チェック(紙の出走チケットを指定場所に投函)の時にゼッケン確認が入り、取り付ける向きが違うということでその場でちくちくつけなおし。時間がぎりぎりなら焦ったところだけどまぁ余裕があったので問題なし。去年まではそういうチェックはなかったそうだけど、そういうこともあるということで。

そしてスタート。2 人のガイドが良すぎてなぜかまた最前列・・・。いつも最前列にいるのに後でいなくなる伝説がまたここに。かっちょわる~。まぁ安全第一だと思えばここがベストなのです。そのために早目に来てるんだし。スタートは長丁場のレースということもあり、JCRC みたいに無駄にペースが上がることもなくまったりたんたんと。普久川の上りまではなにもない。たまに橋なんかのなでもないゆるーい登りで、集団のペースを読めない人が車間をつめちゃってブレーキくれて誰かに怒られてるくらいだったかな。まぁ距離別なので平地ではいろいろな人がいます。

1度目の普久川はそのまま団子で登りはじめ。中盤少し斜度が上がるところあたりから予定通りばらけはじめ、それでも無理なペースにはならず、数回2~3人の抜け出しはあるものの(山岳賞狙い?)先頭は横に広がったままじわじわ登る。僕も斜度変化に合わせて 21 ~ 25、たまにアウターを織り交ぜてたんたんと上る。登りきった後でいっきに下って補給ポイントの後で辺戸岬方面は一旦普久川で切れた人も追いついてきて集団形成してまたたんたんと。メーター読みで平地でも 36 ~ 38km/h くらいと非常に平和。登りで疲れた脚を回復させるためにクルクル。集団はこの時点で 50 名はもういなかったような?海岸線沿いで後ろ見たら誰もいなかった。

そして 2 回目の普久川。序盤からまた同様にゆったり入るし誰もペースアップはしてなかった気がするが、終盤にかけてやはり厳しくなってくる。登り集団における自分の定位置=一番後ろで切れたりついたり、でなんとか食いついていくが最後の最後でやはり力尽きて先頭集団からは脱落。前がまだ見えてると思いながら下りに入るともう誰もいない。アレーやってしまいました。似たような境遇の数名と列車になりつつ追走してみんと欲するも当然無理。補給ポイントを過ぎて東側を下り始めるころには 3 名くらいになってしまい、うわーこれは大変(というか先頭集団 – 自分たち – たぶん追走集団、という予想通りのダメパターン)ということでがんばって走る。が、安波(あは)まで下って少し平坦くらいまではよかったが、高江の長い登り(2kmくらい?)でいろんなツケを一挙に支払うことに。

いつもは脚がつって終了なのだがサラ脚かつ補給を十二分に取っていたからか脚はまだなんとかなったのだが、普久川の登りで多用した上半身が終了し、それでもだましだまし登っていたのに腰が終了。骨盤と背骨の接合部分のすぐ上の左側、脊柱起立筋の付け根かその奥あたりに激痛が出てシッティングが不可能に。ダンシングでなんとかごまかそうとするには 2 kmは長すぎた。下りと平地でご一緒したメンツにお別れしてあっさりとやってはいけない単独走に。

どうにもならないんだが脚を止めるわけにもいかないのでひーこら言いながら亀の走りで前に進む。そうこうするうちに 210km の先頭が追いついてきた。すでにバラバラになっていて集団ではなかったので、豪華メンツを見ながら相変わらず亀。登り切ってからアップダウンぽい区間をヘロヘロしていると後ろから 210km と 140km の混成追走集団が追いついてきた。その中に masahif と jmz の姿が!追走だよ~と声をかけてもらったのだけど残念ながらその時点ではまったくペースを上げられず。行ってくれ~がんばって~と声をかけてお別れ。また単独に。

あとはどれくらい単独で走ったのだろう。よく覚えてないし場所もわからないのだけど、ところどころ港がある集落に出ると沿道から声援をもらって泣きそうになりながら走ってた気がする。あまり何も考えなかった。悔しいと思うには努力が足りなさすぎ、降りてしまうには無駄にプライドだけが高かった。しかしまぁ PAIN IS TEMPORALY. QUITTING LASTS FOREVER. とはよく言ったもの。この区間はなんか純粋に本能の走りをしてたような気がする。

東だか慶佐次だかまったく覚えてないのだが、どこかの上りを登っているところで masahif に追いついたのでそこからは 2 人で。気が付いたら少し腰が使えるようになってて masahif に引きずられるようにペースアップ。もうね、どんだけ心強かったか。ロードレースは 1 人で走っちゃだめなんですよ、いろんな意味で。そんな中たぶん安部(あぶ)から登った下りあたりで突如すんごいスコールに遭遇。なんとかかんとか走っていくが気が付いたら平地の脚が終わってた。2 人で 140km の誰かにおいついて平地でローテーションを始めたあたりであえなくまた切れてしまい一人旅。いやはや、弱いね~と自分の弱さをかみしめながら大浦から最後のダムへの上りに突入。

もうできることは脚を回し続けることだけ。回し続けていればいつか奥さんが待ってる名護のゴールに辿り着くことができる。なのでとにかく脚を回す。膝を上げる。まっすぐ下ろす、上げる、下ろす、上げる、下ろす。おいっちにーおいっちにー。なんというか初めて来たくせに気持ちは名護に帰りたい、帰るぞ、そんな感じ。

そしたら登りきる直前にまた masahif に追いついた。何度もすみません。ちょうどそのころ CWS の hiroring さんのお知り合いとも一緒になり、少しお話しながら最後の上りをこなす。登りきる直前、210km の大集団が竹谷さんを先頭に上ってきた。masahif がぐっと加速して乗っかるので自分も乗っかる。人数の魔力!もうあとは完走だけだと思ってたのに食いつく、食いつける、脚が回る。まだ踏める。逆に言うと 1 人じゃなんにもできないのね、俺。

登りきるとあとは下るだけ。すごい高速の下りも集団なので楽ちん。途中わりと長いトンネルの中が真っ暗でこれはやばいと思ったけど(明るいところから入ったので慣れるまで時間がかかるのだが、その間本気で真っ暗。前も後ろもまったく見えないので誰かがびびってブレーキでもくれたら絶対集団落車する)無事にクリアして名護へ。帰ってきたよ、かぁちゃんw

最後は何人かスプリントしたい人がいたらしく猛然とペースが上がるのだが、もはやそんな気力もなく竹谷さんと masahif の後ろで集団内で安全にゴール。初おきなわを終えた。

ゴール後は名護漁港まで移動してチップを返却。竹谷さんと少し話し、jmz さんと合流。奥様連合がゴール地点からコーラを買って持ってきてくれた。うれしかったしうまかったなぁ。その後も続々ゴールした人たちと言葉を交わす。いろんな結果の人がいて、悔しい人、嬉しい人いろいろ。でも全員笑顔だったのがとても印象的。自分も笑顔だった。言葉にならないくらい辛かったけど、終えるととても嬉しいレース、なるほどこれは病みつきになるわけだ。

と、いうわけで以上、相変わらず長すぎるレース記録。その他もろもろは別エントリで。今回も奥様にまず感謝。そして masahif と jmz にも。2人がいなかったら完走してないです、間違いなく。出発前からアドバイスを大量にくれて手取り足取り教えてくれたおかげで最高のレース体験ができた。本当にありがとう。chloe さんも初参加のうちの奥様を助けて頂きありがとうございました!

ちなみに・・・レース後は金城さん主催の打ち上げに読んでもらって大爆発。最初だけ席について乾杯したらあとはもう座ることなくいろんな人と話しまくる。なんという自転車乗りの集い。なんという夜。不運な事故でまたしても神がかり的な強運を発揮した金城さんにも本当感謝です。というかあの運は本人が生み出してるものに間違いない。あの純粋なパワーにはそれを生み出すだけのモノがある気がする。また練習で揉んでください。

(続く・・・のか?)

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